会社を辞めて独立すると、多くの個人事業主(フリーランス)が「自分には退職金も、会社員のような手厚い年金もない」という現実に気づきます。老後の備えを自分で用意しなければならない一方で、その備えがそのまま節税になる制度が国によって用意されています。その代表格がiDeCoと小規模企業共済です。この記事では、二つの制度の違いを6項目で比較したうえで、「どちらが得か」という二択ではなく「個人事業主(フリーランス)はどちらを先に始めるべきか」という優先順位、併用したときの節税額、2027年に控える税制改正、そして受け取り時にありがちな失敗までを、加入を検討している本人が判断できるレベルで整理します。
iDeCoと小規模企業共済とは?個人事業主(フリーランス)の「自分の退職金」

具体的な比較に入る前に、まずそれぞれがどんな制度で、なぜ個人事業主(フリーランス)に必要なのかを押さえておきましょう。役割が分かると、後の優先順位の話が理解しやすくなります。
小規模企業共済|個人事業主のための退職金制度
小規模企業共済は、個人事業主(フリーランス)や小規模企業の経営者・役員が、廃業や引退のときに備えて積み立てる、いわば「経営者の退職金制度」です。国の機関である独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)が運営しています。
掛金は月1,000円から7万円までの範囲で、500円単位で自由に設定できます。加入後の増額・減額も可能です。最大の特徴は、掛金の全額が所得控除になること。廃業時や退任時に、積み立てた掛金を共済金として受け取れ、その受け取り時にも退職所得控除や公的年金等控除といった税制優遇が使えます。
iDeCo|自分で運用する私的年金
iDeCo(個人型確定拠出年金)は、公的年金に上乗せして自分で積み立て・運用する私的年金制度です。国民年金基金連合会が運営し、加入者自身が掛金額と運用商品を決めます。
個人事業主(フリーランス)などの第1号被保険者の場合、掛金は月5,000円から1,000円単位で、上限は月6万8,000円(国民年金基金や付加保険料と合算した枠)です。iDeCoも掛金は全額が所得控除の対象で、さらに運用で得た利益が非課税、受け取り時にも控除が使える、という三段階の税制優遇があります。ただし原則60歳まで引き出せない点が、小規模企業共済との大きな違いです。
会社員との差を自分で埋める
会社員には、厚生年金という国民年金の上乗せ部分に加えて、多くの場合は退職金があります。一方で個人事業主(フリーランス)が加入する国民年金だけでは、老後に受け取れる年金額は会社員より少なくなりがちで、退職金もありません。
- 会社員:国民年金+厚生年金+退職金・企業年金で老後に備える
- 個人事業主(フリーランス):国民年金が土台。上乗せは自分で用意する必要がある
この「自分で用意する上乗せ部分」を、節税しながら作れるのがiDeCoと小規模企業共済です。だからこそ、どちらか一方だけでなく、両方をどう組み合わせるかが重要になります。
小規模企業共済とiDeCoの違いを6項目で比較

二つの制度は「個人事業主(フリーランス)が老後に備えられる」「掛金が全額所得控除になる」という共通点を持ちますが、細かく見ると性質は大きく異なります。判断の軸になる6項目を比較します。
加入対象と掛金上限
まず、加入できる人と掛金の上限が違います。
- 加入対象
小規模企業共済は個人事業主・小規模企業の役員などに限られる。iDeCoは20歳以上65歳未満の国民年金被保険者なら原則誰でも加入できる - 掛金上限
小規模企業共済は一律で月7万円。iDeCoは加入区分によって異なり、個人事業主(フリーランス)は月6万8,000円、会社役員などは月2万3,000円などが上限
掛金の設定自由度は小規模企業共済のほうが高く、月払いのほか半年払い・年払いも選べます。個人事業主(フリーランス)であれば、両方を満額使うと月13万8,000円まで所得控除の枠を作れる計算です。
手数料と受給の確実性
コスト負担と、将来受け取れる金額の確実性にも差があります。
- 手数料
小規模企業共済は掛金以外の費用がかからない。iDeCoは加入時に2,829円、掛金納付ごとに毎月171円程度の手数料がかかり、金融機関によっては運営管理手数料も別途必要 - 受給の確実性
小規模企業共済は納付月数に応じた基本共済金が定められ、原則として元本割れしにくい。iDeCoは自分で選んだ商品の運用成績しだいで、増えることも元本割れすることもある
コストと確実性だけを見れば小規模企業共済が堅実で、iDeCoは手数料を負担する代わりに運用による上振れを狙える制度、という位置づけになります。
途中解約と貸付制度
いざというときの使い勝手も、判断材料として見逃せません。
- 途中解約
小規模企業共済は任意のタイミングで解約できる(ただし加入20年未満の任意解約は元本割れの可能性あり)。iDeCoは原則60歳まで解約・引き出しができない - 貸付制度
小規模企業共済には、積み立てた掛金の範囲内で事業資金を借りられる貸付制度がある。iDeCoにはない
急な資金需要に対応できる柔軟さは、小規模企業共済が明確に優れる点です。事業を続けるうえで資金繰りの不安がある個人事業主(フリーランス)にとって、この貸付制度は心強い保険になります。
どっちを先に始める?個人事業主(フリーランス)の優先順位

ここまでの比較を踏まえると、「結局どっちが得か」と一つに絞るより、「限られた資金をどちらから振り向けるか」という順番で考えるほうが実践的です。個人事業主(フリーランス)が迷わないよう、着手する優先順位を整理します。
まずは小規模企業共済から始める理由
拠出できる資金が限られている段階では、まず小規模企業共済を優先するのが基本です。理由は次の3つです。
- 掛金以外の手数料がかからず、少額(月1,000円)からでも始めやすい
- 原則として元本割れしにくく、運用の知識がなくても続けられる
- 貸付制度があり、廃業前でも資金を引き出せる柔軟さがある
iDeCoが60歳まで資金を拘束するのに対し、小規模企業共済は事業の浮き沈みに合わせて解約・貸付で対応できます。事業がまだ安定しきっていない個人事業主(フリーランス)ほど、この引き出せる安心感が効いてきます。
余裕が出たらiDeCoを重ねる
小規模企業共済で土台を作り、それでも拠出に余裕があるなら、次にiDeCoを重ねる段階に進みます。iDeCoは運用益が非課税になるため、60歳まで使わないと割り切れる資金であれば、長期運用で資産を増やせる可能性があります。
ポイントは、iDeCoに回すのは当面使う予定のない余裕資金に限ることです。60歳まで引き出せない制約があるため、生活費や事業の運転資金まで回してしまうと、いざというときに動けなくなります。
さらに余裕があればNISAも視野に
小規模企業共済とiDeCoの枠を活用してもまだ余力があるなら、NISAも選択肢に入ります。NISAは掛金の所得控除こそありませんが、運用益が非課税で、いつでも引き出せる流動性の高さが魅力です。
- 守りの土台
小規模企業共済(元本割れしにくい・引き出せる) - 育てる年金
iDeCo(運用益非課税・60歳まで拘束) - 自由に使える運用
NISA(所得控除なし・いつでも引き出せる)
「引き出しにくいが節税効果が高いもの」から順に埋め、流動性が必要な分をNISAで補う。この順番を意識すると、節税と手元資金のバランスを取りやすくなります。
併用したときの節税シミュレーション

小規模企業共済とiDeCoは、どちらも加入要件を満たす個人事業主(フリーランス)なら併用できます。両方の掛金が全額所得控除になるため、併用すると節税効果は大きく膨らみます。具体的な金額で見てみましょう。
掛金は両方とも全額所得控除になる
小規模企業共済の掛金は「小規模企業共済等掛金控除」、iDeCoの掛金も同じ「小規模企業共済等掛金控除」として、いずれも全額が所得から差し引けます。この控除は、経費や基礎控除などとは別枠で使えるのがポイントです。
個人事業主(フリーランス)が両方を満額(小規模企業共済7万円+iDeCo6万8,000円)まで拠出すると、月13万8,000円、年間で165万6,000円もの所得控除枠になります。この分だけ課税所得が圧縮され、所得税と住民税が軽くなります。
課税所得別の年間節税額の目安
実際の節税額は課税所得(適用される税率)によって変わります。両方を満額拠出した場合のおおまかな目安は次のとおりです。
- 課税所得300万円(所得税・住民税あわせて税率20%)の場合:小規模企業共済とiDeCoの併用で、年間およそ33万円の節税効果
- 課税所得500万円(同税率30%)の場合:併用で年間およそ50万円の節税効果
数字はあくまで概算で、実際は各種控除や家族構成によって変わりますが、年間数十万円規模のインパクトがあることは押さえておきましょう。掛金として積み立てたお金は将来の自分に戻ってくるため、「支払い」ではなく「税優遇つきの積立」と考えられるのが、この2制度の強みです。
2026〜2027年の税制改正で変わる掛金上限と受け取りルール

iDeCoと小規模企業共済を検討するうえで、直近の税制改正は必ず押さえておきたいポイントです。令和7年度の税制改正で、iDeCoの掛金上限と受け取り時のルールに変更が入りました。加入や受け取りの計画に影響するため、最新の内容を確認しておきましょう。
iDeCoの掛金上限が引き上げられる予定
令和7年度税制改正により、iDeCoの掛金上限が引き上げられる予定です。個人事業主(フリーランス)などの第1号被保険者は、月6万8,000円から月7万5,000円へ引き上げられる見込みで、2027年1月以降の適用が予定されています。
- 第1号被保険者(個人事業主・フリーランスなど):月6万8,000円 → 月7万5,000円(予定)
- 第2号被保険者(会社員・会社役員など):上限が月6万2,000円へ引き上げの方向
上限が上がれば、その分だけ所得控除に使える枠も広がります。ただし施行時期や細かな条件は今後の政省令で確定するため、加入時点の最新情報を公式サイトなどで確認してください。
受け取り時の「10年ルール」への変更
もう一つの重要な変更が、退職所得控除の適用に関する「5年ルール」から「10年ルール」への変更です。これは2026年1月1日以降に受け取る退職一時金から適用されます。
iDeCoの一時金と会社の退職金など複数の一時金を受け取る場合、これまでは受け取り年を5年以上空ければ、それぞれで退職所得控除をフルに使えました。この期間が10年に延長されたことで、受け取り時期の設計がより重要になります。特に小規模企業共済とiDeCoの一時金を近い時期に受け取る予定の人は、受け取り時期を10年以上離すことで税負担を抑えられる可能性があります。
加入前に知っておきたい失敗と注意点

iDeCoと小規模企業共済は節税と老後の備えを両立できる強力な制度ですが、仕組みを理解せずに始めると、かえって損をすることもあります。個人事業主(フリーランス)が陥りやすい失敗を押さえておきましょう。
短期解約による元本割れに注意
小規模企業共済は途中解約ができる反面、加入20年未満の任意解約は元本割れするおそれがあります。納付月数が240か月(20年)未満で任意解約すると、受け取る解約手当金が掛金の合計を下回ってしまうためです。さらに、納付月数が12か月未満だと解約手当金は受け取れません。
無理な掛金を設定して途中で続けられなくなると、この元本割れに直面しやすくなります。長く続けられる金額から始めるのが、失敗を避ける基本です。
iDeCoは60歳まで引き出せず手数料もかかる
iDeCoの注意点は、原則として60歳まで引き出せないことと、手数料がかかることです。
- 60歳まで資金が拘束されるため、生活費や事業資金まで回すと資金繰りが苦しくなる
- 加入時・毎月の手数料がかかり、掛金が少額すぎると手数料負けする可能性がある
- 運用商品しだいで元本割れするリスクもある
これらは制度の欠陥ではなく、「長期の老後資金づくり」という目的に沿った仕組みです。目的を理解し、余裕資金の範囲で拠出額を決めれば、デメリットは十分にコントロールできます。
受け取り時期を近づけすぎない
見落とされがちなのが、出口(受け取り時)の設計です。前述の10年ルールの通り、iDeCoの一時金と小規模企業共済の共済金、会社の退職金などを同じ年や近い年にまとめて受け取ると、退職所得控除を十分に使いきれず、税負担が増えることがあります。
- 悪い例:iDeCoの一時金と小規模企業共済の共済金を同じ年に一括受け取り → 退職所得控除が重複調整され、税金が増えやすい
- 良い例:受け取り時期を数年〜10年以上ずらす、または一方を年金形式で受け取るなどして控除を分散させる
加入時の節税額ばかりに目が向きがちですが、受け取り方しだいで、手取りは大きく変わるものです。60歳以降の受け取りが近づいたら、受け取り時期と方法を早めに検討しておきましょう。
まとめ

iDeCoと小規模企業共済は、退職金も厚生年金もない個人事業主(フリーランス)が、老後に備えながら節税もできる制度です。「どちらが得か」を一つに絞るより、どちらを先に始めるかという優先順位で考えるのが実践的でした。
- まずは小規模企業共済
手数料がかからず元本割れしにくい。貸付制度で資金を引き出せる柔軟さもあり、土台に向く - 次にiDeCo
運用益が非課税。60歳まで使わないと割り切れる余裕資金で重ねる - さらにNISA
所得控除はないが、いつでも引き出せる流動性を補える
両方を併用すれば年間数十万円規模の節税も可能で、2027年からはiDeCoの掛金上限引き上げも予定されています。一方で、短期解約による元本割れや、受け取り時期を近づけすぎることによる税負担増といった落とし穴もあります。まずは続けられる金額で小規模企業共済から始め、事業の成長に合わせてiDeCo・NISAへと選択肢を広げていくのが、無理のない備え方です。判断に迷うときは、税理士やファイナンシャル・プランナーに自分の状況を相談してみるとよいでしょう。
iDeCoと小規模企業共済は、早く始めるほど積立の期間と節税の恩恵を長く受けられる制度です。まずは無理のない掛金で小規模企業共済から、老後の安心づくりの第一歩を踏み出してみてください。
